今は元気に大学生の子供は、中2の時に8ヶ月間、学校へ行けない時期があった。中1の時の担任はとても問題のある人だった。そして私も、本人の気持ちを考える事なく、とにかく運動部に入って大変なのにも関わらず、習い事も辞めさせず、スケジュールパンパンであっちへこっちへ車で送って行って、それで大丈夫だと、将来への不安から、私自身の、子供の学歴、就職、そういったわかりもしない未来への心配を勝手に子供に被せて、努力して当たり前だと無理をさせて疲れさせて、好きな学校へ行けなくなるまで追い詰めたんだと思っている。
ただ、行けなくなって、これは不登校か!と理解してから、速攻で、ずっと家の居間のソファに根を張って、一歩も外に出られない、庭にも出られない、近くの病院へも行けない(車で遠い病院へなら行ける)、美容院へ行けないから髪も切れなくてロン毛になっていく(お風呂だけは好きになってよく気分転換で入っていたので良かった)、ゲーム機にしがみつくようにして取り憑いてどんどん視力が悪くなった子供を受け入れたのは良かったとは思っている。
色々な不登校に纏わる本を読んだり、講習みたいなものに参加してみたり、集まりに参加してみたり、した結果、心に刻んだ言葉は、たとえ子供が一生ニートでも、それでも我が子を愛するという覚悟、というものだった。そうだな、学歴がどう、就職先がどう、そんな事で私の我が子への愛は変わらないな、と解って、とにかくこの子の行先を安全に、出来れば素敵な方向に、などと舵取りしていたことに気付いてなんて愚かだったんだとわかり、そこから何にも方向付けることは言わなくなった。
中2の冬から学校へ行けるようになり、高校はもう推薦で行けるとこへ、今でも中高の友達とも遊んで楽しくしてるし、大学はカッコイイから一般で行きたいと、塾へも本人の希望で通ってそして無事入学出来て、結果的に合ってそうな大学で良かったし、留学もしたり、友達も新たに出来、バイトもしたり、充実した学生生活を送れていて、この我が子がいる事は私にとって幸せでならない。私のもとに生まれてきてくれてありがとう。
子供のタイプも千差万別だから、色んなタイプの不登校があると思う。難しい問題だ。学校なんか行かなくても全然問題ないよ、と簡単には言えない。本人が苦しんでいたら、その気持ちはわかっていてあげたいよな、とは思う。